TASK10号によせて

 前代表取締役であり、私の父河野重榮は、昭和31年から47年まで香川大学で教鞭をとっていました。
 その当時のゼミの卒業生の会「タスク会」が発行したタスク10号に、娘として文章を書かせて頂きました。
 9号の発行から時間が経っての10号でしたが、父が教鞭をとって60年、個人的なことですが両親が結婚して60年ということを記念しての発行でした。
 80歳を超えた会の会長の編集により形になりましたが、全編110ページにも及ぶ冊子になりました。私が生まれた時から知っている会長は、印刷業界におられた方で、年を重ねられてもプロフェッショナルとして仕事をされていたからこそという仕上がりになりました。
 なお、「タスク会」は、準備期間を経て、昭和50年から続いており、この6月11日に香川県高松市で41回目を迎えています。
 このタスク10号に書いた文章を、下記に転記したいと思います。

 

門前の娘ならわぬ経営学を語る

中小企業診断士 河野律子

はじめに


 タスク会の皆様とは、私が生まれた時をご存知の一期の方からはじまり、「大学生のお兄ちゃん」としておつきあい頂いてきています。
 「フォードの50年」を絵本に、ギルブレス夫妻の「1ダースなら安くなる」を中学時代の愛読書にし、妹とのしりとりに「テイラー」という言葉があったものの、オートメーションシステムも、動作経済の原則も、科学的管理法も知り得ないまま社会人を迎えました。
 父の仕事とは無関係だと考えていた不肖の娘が、いつの間にか父の学説を活用する仕事をすることになったことを、書いてみたいと思います。

1 現場で学んだ経営学

 私が、経営学の勉強を始めたのは、社会人一年生、食品メーカーでリテールサポートの仕事に着いたとき、上司に「新人でも、お客さんに必要とされる情報を提供することが出来たら、必ず認めてもらえる。」と言われたことがきっかけで、新聞や専門誌を読むことからスタートしました。
 30歳代の後半に人生の変化を迫られる事になりました。中小企業の嫁の立場を卒業し、子ども4人をひとりで育てる選択をしました。手続きに時間を取る中で、自分自身の仕事のため、ファーストキャリアの小さな成功体験に付加価値を付け再就職をすることを目指しました。
 父には無理だと言われましたが、仕事の延長線上として中小企業診断士の資格を取得しようと考えました。ただこのときにはまさか父の学問領域と関係ある選択をしているという意識はありませんでした。
 当時、キャリアのブランク、性別、年齢が、再就職の選択を難しくしていました。資格取得のために通っていた塾の先生に、教えてみないかと言われたことで、少しの希望の光が差したように感じ、業として中小企業診断士の仕事をしていくことを選択しました。
 学校の勉強はあまり得意ではなく、大学を卒業するまで、勉強にあまり関係のない本を読むことが専らでしたから、資格試験の勉強がはじめて勉強したと言えるものでした。さらに、塾の先生として教えるために、最初は商品知識、労務管理、経営法務、生産管理、ケーススタディと、資格試験以上の勉強の日々が、待っていました。
 一方で、資格は取りましたが、都合よく仕事が降ってくるわけではありません。ただ、最初の仕事で学んだことは、現場で現場の人の話を聞くことの大切さでした。そこで、異業種交流会にメンバーとして参加し、中小企業経営者との交流や、事業所や工場を訪問することで、現場感覚を得るようにしました。
 中小企業診断士の受験指導による知識の蓄積と、現場の経営者の考えとその双方で仕事の能力を上げてきましたが、父の学説の重要性について理解するにはさらに時間が必要でした。
 タスク会の皆様は、ゼミや実務で経験済みのことと思いますが、戦略の立案や見極めは、経営ビジョンを明確にし、SWOT分析を経て、事業領域を明確にし、経営資源をどう生かしていくかという戦略を組み立てます。
 この時に、道具として戦略分析ツールを活用します。アンゾフの成長ベクトルやポーターの競争構造の分析などはとても使いやすいツールです。先人の分析ツールを上手にこなすのが実務としての経営のアドバイスのノウハウでもあり、現場を理解するモノサシでもあります。
 仕事としてコンサルティング業務に取り組むなかで、説明するモノサシがあまり無い領域がありました 。それは、「企業が成長する時に、どのように機能が分化していくのかということ」と、「経営者がどのように意思決定しているのか」ということでした。
 ある時、まさにこの二点を解説していたのが父の学説だったことに気づきました。
 けれども、ご存知の通り、父の論文は無駄のなさすぎる組み立てで、説明が足りず、得意のノリとハサミを使うことができません。自分なりの解釈を加えないと使えないのです。ポーターのバリューチェーンを説明してある競争優位の戦略は、日本語訳で660ページもあり、理解の糸口に溢れています。それに比べ、父の論文での図の説明は半ページにも足りません。同居しているので、父の話を聞くことは度々ですが、その理念のもと、具体策は、自分では組み立てるしか無いのです。
 私なりの解釈ができはじめたのは、業として中小企業診断士の仕事をはじめて10年ほど経ってからでした。

2 日本マネジメント学会発表

 過日、父が山城章先生(父の恩師)の業績を正しく伝えたいと、日本マネジメント学会での発表することとなりました。山城先生は、時代を読むセンスの良さが強み、父は原点と現場を直視し追求するのが強み、なので、父は師を立てるのですが、山城先生の学説と父の学説との関連性を限られた時間で伝えるのは難しいことでした。
 そこで、父の学説を微力ながらも伝えようと考えて、埼玉県の任期付職員として取り組んでいた農業分野について学会発表を致しました。
 私は、この3月まで公務員として「農業の6次産業化」の仕事をしていました。この、農業経営の多角化に関する分野に、民間の立場と公共の立場で関わりその中で課題として捉えたことを、父の「マネジメントのフィードバックモデル」、「『経営―管理―作業』の機能分化と各職能との関係」の視点から整理しました。

【要旨】

 農業をめぐる環境変化は、個々の農業者のマネジメント能力の成熟を待たずに、大きく変わろうとしています。
 農業者の高齢化は、年齢の平均で語られることが多いですが、2010年世界農業センサス確報をみると、新たな農業への参入が進まず、年齢構成が2005年から2010年へと5年増加したのみであることをうかがい知ることができます。さらに、同センサスによれば、経営耕地面積5ha以上の経営体が、2005年43.3%であったものが、2010年51.4%へと増加し、農地の集積が進んでいます。さらに、農産物販売金額規模別農業経営体数の増加率は、2005年から2010年の比較で、1億円以上の経営体のみが増加しており、その増加率は9.5%にも上ります。
 発表時は、2015年のセンサスの結果が発表されていませんでしたが、速報では、上記の傾向はさらに進んでいます。
 農業者への支援を通じて、5年以上前から、「土地が集まりすぎている」という話を聞いてきました。ここにきて、「土地だけならいくらでも借りられるけれど」「やってほしいという話はたくさん持ち込まれるけど」という話が多くなっています。信頼ができるとなると、地域の農家から積極的な依頼が舞い込みます。また、統計に表れない耕作請負も多くなってきています。実態は、上記の情況がより進んでいます。

図表 1 マネジメントのフィードバックモデル(河野重榮、1992)



 農業者の技術的な優劣は、その収益を左右する大きな要素であり、「plan-do-see」のサイクル的関連は、個々の農業者の農業技術に合致した形で組み立てられ、農業経営の中心的な管理として実施されてきています。
 先に述べた農業の規模拡大は、家族経営から雇用を伴う組織経営へとの変化を促しています。農業の6次産業化をはじめとする農業関連事業への進出は既存の事業とは異なる市場へのアプローチ、新たな商品開発を伴うものへと変化してきています。このことは、戦略的な意思決定による経営判断を行う農業経営者が担い手として必要されていることを示します。
 戦略的意思決定を行い、他者との差別化を進めるためには「調査」において、経営規模拡大のためのベンチマーク、雇用と組織の課題の把握、生産技術の将来展望などの情報収集を進め、「開発」において、環境変化に対応できるビジネスモデルの創造、提供する商品の市場を明確にしたねらいの品質の明確化が不可欠です。
 しかしながら、自ら事業領域を決め込んで情報収集を限定してしまう、地域性の強い画一的な考え方を志向してしまう傾向が「調査」「開発」を阻害し、意思決定を保守的なものにしてしまい、個別の農業者のみならず、地域全体の成長を阻害しています。
 このとき、幅広い意思決定の参考となるケースを知ることが重要であり、利害関係者はもとより、同業者、さらには異業種へと地理的なことも含め、その範囲を広げることで、思考の多様性を広げることが可能となると考えます。

図表 2 「経営―管理―作業」の機能分化と各職能との関係(河野重榮、1994)



 さらに、家族経営という「経営―管理―作業」の機能分化がされていない状況から、経営規模拡大による組織経営へとその機能を分化させていく過程においては、職能構造を組み立てるという側面と、意思決定機能、調整・維持機能、作業機能の「持たせ方」を、自らの戦略に合わせて構築することが求められています。
 さて、二次、三次企業の戦略的農業参入は、拡大傾向にありますが、そういった外部からの刺激が意欲ある農業者の経営判断に影響を与えていることは否めません。また、地域での担い手として認識されている経営体も増加しています。
 しかしながら、農業者の持つ経営資源、すなわち、「家業として農業に取り組んできたことによる知恵の集積」「地縁」「経営資産である土地の所有」を、自身が戦略的に生かしていくことなしには、地域ひいては全国の、農業の維持、発展は難しいのではないでしょうか。
 特に、農業者の高齢化は、技能の継承、農地の保全などの課題が大きく、この課題の解決のためには、直接の後継者だけでなく、地域の担い手による戦略的な解決が待たれるところです。
 「農業の成長産業化」を実現化するには、戦略的意思決定を持つ農業者の絶対数の増加が不可欠です。
 そのために、経営学のできることは大きく、現場にとってよりよい解決策を提示できる支援者の役割の重要性も増してきていると思います。

2016年06月13日